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平井さんと祖父と晩酌。

ちょうどその日は台風9号が長らく沖縄に居座る前の日だった。ふと空を見上げると、なんだか雲が見るからに不本意な表情を浮かべて、身ぐるみはがされ散り散り遠くに流されていた。
約束の6時になったので、僕らはビールと名護珈琲をお土産にその写真事務所へと向かった。そこは明らかにこの場所に長らく居を構えていたであろう雰囲気満載の事務所で、少しずつ近づいてくる台風の気配を教えてくれるかのように、トタンがきゅーきゅーと音を立てていた。
お前ら、よく来たなぁ、と

快く僕らを迎え入れてくれた平井順光さん。

平井さんは沖縄を代表する写真家の一人だ。

 
1938年に西表島の干立でお生まれになり、高校3年生で手にした6×6カメラで本格的に写真を撮りだし、フリー写真家となった後は沖縄で広告、ドキュメンタリーなど様々な創作活動を展開されている。

蔡温ストリートの前をいつも歩いている平井さん。

ご挨拶をさせて頂いたところ、近くに事務所があるから遊びにおいでとおっしゃって頂き、、、調べてみると、その事務所は僕らのショップから歩いて2分の距離っ!! 
 
 早速、遊びに行かせて頂いた。

西表島、とかく干立は僕の生まれ育った村からもほど近い村だ。

僕が生まれるずっと前の西表を知っている平井さん。

加えて、平井さんは亡くなった私の祖父とも交遊があったお方と聞いていたので、これはぜひ訪ねなければ!と実は前々から考えていたのだった。

さて、事務所に到着した私たちを待っていたのは、ガラスのボール瓶に入ったハブ酒と、高麗人参の浸け酒。
特に、ハブ酒は見た目のインパクトに驚嘆!

2mはあるそれはそれは「立派」なハブが一匹口を開いてこちらを見ている。今にもビンから飛び出してきそうな荒荒しさで、一目見た僕は目をパチクリさせてその場で固まってしまった。 

 
平井さんは「コレを飲むと、滋養強壮に良い!特に男はギンギンに元気になる」と笑顔で「さぁ、飲め」と錫グラスを差し出して来たのだけれど、僕は間髪入れず、高麗人参のほうに手を伸ばした…笑

紺碧の海を走るサバニやイリオモテヤマネコ、ヤエヤマヤシの群生・・・

   
 

事務所には至る所に写真が飾られており、その迫力たるや•••文章ではなかなか形容できない(>_<)。

僕はそれまで、石塚元太良の撮るアラスカのパイプラインのような、どこか冷たい無機質な写真が大好きで、どちらかと言うと沖縄関連の写真は好んで見なかったのだけれど、平井さんのそれには一瞬で惹かれてしまった。

 
 •••事務所に入って15分が経過。

平井さんご自慢のレコードマシンで小粋なJAZZを聞きながら、呑む酒は格別に美味しかった。
••• しばらくちびちびやっていると、もう何年も前なのだけれど、祖父との晩酌風景がふと蘇ってきた。

祖父は阪神タイガースが大好きで、齢80を超えても、毎晩阪神戦を酒の肴に泡盛を呑んでいた。

阪神が負けると、癇癪を起こしてすぐ床につくのだが、阪神が(特に巨人)に勝つと頬を赤くして笑顔で饒舌になった。

僕の祖父や平井さんが生まれた干立という小さな村は今も変わらず、100名程度しか居住していない。
村自体は確かに小さいが、500年以上も前からこの地に継承されている〝節祭〟(シチまつり)は国指定の無形文化財にも指定されており、小さいながらもパワーのある村だ。

 
 事務所の入口の真正面に天高く隆々と伸びるヤエヤマヤシの写真がある。これもまた、干立を紹介する際に重要なアイコンだ。ヤエヤマヤシは今ではもう石垣島の米原とここ干立でしか見ることができない。

高いもので高さ25m、葉の長さは4m近くにもなるヤエヤマヤシ。
子どもの頃は何気無く見ていたのだけれど、平井さん曰く、昔はあんなもんじゃなかったらしい。今より群生は広く、樹齢200年を超えるヤシが幾つも生えていた、と平井さんは少し寂しげに教えてくれた。

  平井さんが写真を撮るようになったのは、実は沖縄本島のレジャー化が進んできたことに端を発している。 
移り行く時代のなか、沖縄の人々の暮らしはますます豊かになり、伝統行事や自然が少しずつ失われていく様を見て、「こうしちゃおれん!」と、カメラを構えたのだ。
平井さんの写真は実は綺麗な海や人々の笑顔を写していたのではなく、今ここに流れる時間、環境を後世に残すための、ある意味、故郷の形見だったのではなかろうか、と僕は思ってしまう。

 新城くん、君は最近島に帰ってるかね?
そう平井さんに聞かれた時、ドキっとしてしまった。僕が生まれ育った島の風景は今どうなっているのだろうか。同級生は今何をしているのだろうか。
Facebookやinstagram、インターネットの普及にかまけて、僕はいつでも地元を「知れる」つもりでいたし、同級生の暮らしぶりをいつでも感じれるものだと思っていた。
しかし、どうだろう。
今、僕は故郷について、どう仲間に伝えようか。ニュアンスばかりで、しっかり地元について理解できているのだろうか。これはきっと大袈裟な話ではないと僕は思う。

  

 どんなに離れても故郷は故郷、

思い入れも強いもの。今、僕らは蔡温ストリートを立ち上げ、ファッションの力で沖縄を盛り上げるべく動き出したばかり。
いつか必ず島にも恩返しをしなくては。僕らに何が出来るのか、今は、まだハッキリしていないけれど(>_<)。

平井さんは台風の後、早速カメラを背負って宮古島に向かった。
80近くになるというのに、国内外を渡り歩く平井さん。その逞しい背中にパワーを頂いて、僕らも頑張らねば!と改めて…。
  
 

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